義歯難症例とも関連する"生体補償"とは?

生体補償とは、「口腔内に不自然な空間が生まれると、その空間を可動粘膜組織が埋めようとする現象」である。

その源は、一日に約2000回行われる嚥下時の陰圧であり、この陰圧によって口腔可動組織が欠損空間に向かって引き込まれる作用のことをいう。

下顎遊離端部で顕著であり、顎堤吸収を伴う欠損空間の縮小がみられるときには、頬筋の付着部が内側に位置するほど、顎堤吸収が進んだ、いわゆる強い萎縮がみられるものである。

このような症状を引き起こす原因として、

1.下顎の歯肉頬移行部の可動量が上顎に比べて2-3倍であること、

2.上顎骨に頬筋がほぼ垂直に付着しているのに対して、下顎骨の形態が内傾斜した状態で頬筋の付着が剥がれやすく、内側へ移動しやすい形態を呈していること、

3.またレトモラーパッドの頬側付け根に小帯様のスジが存在すること
が挙げられる。
 
その代表例が、第二小臼歯までしか補綴しない短縮歯列である。

下顎遊離端欠損部が長期に放置されることにより、著しい顎堤吸収が観察されると同時に、ときには、舌下部の可動組織が増殖した「複舌」が観察されることもある。

欠損部は生体の可動性軟組織によって埋められ、生体の一部欠損を完全に補綴してしまうため、Dr阿部次郎は、このような生体反応を生体補償と名付けた。

そして一度このような状態を呈すると、部分床義歯のような人口の大型補綴物は装着できない。

欠損部に侵入した可動粘膜をかき分けて二重に補綴することになるからである。
 
解剖学において筋の付着は移動しないと考えられている。

また、広い義歯床面積を獲得し、咀嚼能力の向上を目的とするコンパウンド印象法では、頬側の義歯床縁を頬筋付着部の下顎骨外斜線まで、さらにはその位置を超えた位置に設定するべきであると教えている。

そして、部分床義歯の下顎遊離端症例においても総義歯と同様に扱われている。

しかし、短縮歯列症例のように大臼歯の欠損を長期に放置した症例では、義歯床縁を頬側に広げようとしてもほとんど広がらない。

つまり、頬筋が歯槽頂部に付着している。

あるいは歯槽頂を超えて顎堤の舌側に付着していると考えられ、頬筋付着の内側移動が疑われる。

宮尾の研究によれば、頬筋は無歯の歯槽頂から4.1ミリ頬側に位置していて、顎堤吸収が進むにつれ、付着部は相対的に歯槽頂付近に移動する。

あくまで平均的な値であることから、人によっては、より歯槽頂付近に位置している場合がある。

そのようなケースでは、顎堤吸収に伴い、付着は舌側に存在することになる。

また、近年、大トカゲの研究などにより、筋の付着が剥がれて移動する可能性が示唆されているのも興味深い。

Dr阿部次郎は上記の理由と30年の臨床経験から、生体補償には、この筋の付着の移動を伴う現象と、付着の移動を伴わない「口腔容積の萎縮」の2種類があると考えている。

特に、頬筋の付着が内側に移動したケースでは、義歯床の頬側への大きな拡大が不可能になることを主張したい。

このようなケースでは、さらに欠損が進行した際に大型補綴物による義歯床拡大が望めず、十分な咀嚼機能の改善が難しくなる。

(阿部次郎の総義歯難症例 誰もが知りたい臨床の真実 より)


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下顎大臼歯を失い、義歯を入れないでいる方は少なくありません。

そのような状態で長期間経過すると、その隙間を埋めるかのように可動性組織が入り込んでしまうため、製作する義歯が小さくなりやすく、それゆえ義歯を安定させにくいことが分かりました。

義歯が安定しにくい状態ということもあり、その時点でインプラントを希望される方もいます。

ところが、インプラントの近くに可動性組織が存在すると、インプラントの辺縁からプラークが進入しやすい状態を惹起するため、インプラントの長期安定にはあまり好ましい状態ではありません。

やはり将来的にインプラントを視野に入れる可能性がある方でも、臼歯部の義歯は入れておいた方が無難であるといえます。

2014年1月16日

hori (07:25)

カテゴリ:インプラントについて

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